2012年2月3日金曜日

ルーツ

僕は「デザインを支える仕事人」を自称している訳ですが、今日は僕のルーツについて書きたいと思います。僕が製版という仕事に携わるきっかけは、父が創業したダイムという写真製版を行う会社の存在が全てです。父が写真製版に携わるようになったのは祖父の影響です。祖父は僕が生まれる前に他界しており会った事はありません。

祖父の安平正治(明治28年−昭和33年)は東京府生まれで大正7年に大阪へ移り石版印刷(平版転写製版)に携わるようになりました。祖父は技術肌で印刷時報社様に平版転写製版についての技術解説を連載し、下の写真にあります技術解説書を出版したりしていました。僕の父は中学生の頃、その原稿料をいただきに印刷時報社さんへよく使いに行っていたと聞いています。

下の写真は祖父が上梓した「平版転写製版術現場解説 上巻」です。その後、癌に冒され下巻を上梓する事無くこの世を去りました。病床にありながらも技術の発展を願い原稿を書き続けたと聞いております。父は7人兄姉の末弟で、父の兄姉全員と数名の従兄弟は祖父の影響を受けて製版や印刷の道に進みました。つまり僕の叔父・叔母・叔従父が何らかの形で製版・印刷の道に関わっていた事になり、祖父・父・僕で製版に関わりはじめてから94年目になります。
平版転写製版術現場解説 上巻 安平正治


今の会社であるダイムに入社したのは学生時代に父の会社の手伝いでアルバイトとして入社したのがはじまりですが、自分が関わったものが社会に出回り人々の目に触れ「カッコいいなぁ」「キレイだなぁ」「こんなの欲しいなぁ」等々、何らかの影響を与えている事を肌で感じ、子供ながらに社会に関わっている事を初めて実感し、やりがいのある素晴らしい仕事だなぁと思い一生の仕事とする事に決めました。

今の時代、製版という言葉はすでに死語だという方もおられます。確かに何度も技術革新を重ね祖父の時代からすると印刷用の版を作る方法はコンピュータ化され、その技術・技能はソフトウェアに組み込まれ、当時とはまるで別物のようになりました。会社の事業も今は印刷システムを有し、納品形態の大半が印刷物となった今もそしてこれからも、病床で命がつきるまで製版技術の発展を願い原稿を書き続けた祖父の思い、そしてそれを父が起業した今の会社で、どの様に姿形を変えようとも製版技術にこだわり、製版技術の火を灯し続けてゆこうと思います。







 

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